ホームトップページ > 会社案内 > 創業者「白石禎美」と塙町の歴史
白石禎美翁像 塙厚生病院に現存
東白商事株式会社の創業者「白石禎美」は、町発展のために私財を惜しまず提供し、その功績につき、平成17年11月3日に「塙町名誉町民」に推戴されました。
東白商事株式会社は創業者「白石禎美」の精神を忘れることなく、これからも地域社会の発展と繁栄に貢献していきます。
明治13年 | 白石禎美 旧笹原村に誕生 |
明治30年 | 私立中等学校日本中学校3学年を修学後、川上郵便局長であった父住之助の業務を見習い、祖父源吉が経営していた金融業を手伝う |
明治31年 | 川上合資会社設立 ※川上合資会社は、明治36年に瀬谷善蔵氏に委譲し、現在の東邦銀行へ |
明治34年 | 渋沢栄一氏の影響を受け、当地方には植林事業が適していると考え、22歳より毎年植林することを継続する 植林面積は300ヘクタールに及び、福島県随一の林業先進地、奥久慈林業の基礎を築いた |
明治43年 | 福島県議会議員当選 |
大正元年 | 棚倉電気株式会社設立 専務取締役、後に社長に就任。川上発電所や電気化学工場の設立は、郡下の近代産業の始まりとなった |
大正4年 | 東白信託株式会社設立 ※大正12年、信託業法の改正により社名を現在の東白商事株式会社に変更 |
大正8年 | 常豊電気工業株式会社設立、社長に就任 ※後に棚倉電気株式会社と合併し、現在の東北電力へ |
大正8年 | 福島県議会副議長に就任 |
昭和3年 | 福島農工銀行頭取に就任 |
昭和6年 | 水郡線敷設の実現に向けて尽力し、磐城、石井、磐城塙の両駅が開業 |
昭和19年 | 福島農工銀行頭取を退任 |
昭和23年 | 福島農工銀行は、後に第一勧業銀行を経て、現在のみずほ銀行へ 旧塙町初代町長に就任 |
塙町厚生病院建設に要する木材と敷地1,200坪の私財を提供 | |
現在の国道118号(バイパス)の街路整備が都市計画事業で着手 私財を提供(国道敷を寄付)するなど事業の完成に尽力 |
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昭和26年 | 現在の塙工業高校の前身となる塙高等学校の建設に伴い、私財を提供(学校敷地の全面積18,000坪を寄付) |
昭和30年 | 塙町(塙笹原町、高城村、石井村が合併した町)の初代町長に就任 |
昭和37年 | 83歳で他界 塙町は町葬を挙行する |